※こちらの記事の内容にはネタバレが含まれています。ご注意ください。
「PERFECT DAYS」には過剰な説明や伏線回収がない、考察などを述べるのは無粋と思いながらも、あまりに感じる部分が多く、編集者なりの考察や感想を述べさせていただきます。皆様のご意見等もお寄せいただけますと幸いです。
あらすじ
タイトル | PERFECT DAYS |
監督 | Wim Wenders(ヴィム・ヴェンダース) |
キャスト | 役所広司、柄本時生、アオイヤマダ他 |
その他 | カンヌ国際映画祭にて最優秀男優賞を獲得 |
東京の公衆トイレを清掃する平山という、役所広司さんが演じる人物が主人公。
彼は非常に質素な生活を好む。古い木造アパートに住み、毎朝決まった時間に起き、車でカセットテープを聴きながら仕事場に向かう。公衆トイレを清掃し、帰宅したら自転車で銭湯に向かい、大衆居酒屋のテーブルで飯を食う。自転車で家まで帰り、文庫本を読んで寝る。
いたって普通の生活だが、タイトルは「PERFECT DAYS(完璧な日々)」となっている。
“完璧な日々”とはどういうことなのか考えさせられる映画。
感想
この映画はまさに「沁みる映画」の代名詞と言えるだろう。
大きな展開がなく、かと言って号泣するようなこともない。でも沁みる。
「過剰な説明がないシーンでも意味がある」、そのように捉えて観ていただくと、映画をより楽しめるだろう。
感想①主人公・平山の人柄
主人公の平山は無口で真面目。色々なものと日々闘っている。それはトイレ掃除をしている人を見下す社会の偏見、真面目すぎる勤務姿勢を馬鹿にする同僚など。無言で闘いながら日々を生き抜く一方で、彼なりの小さな幸せを見つけて完璧な日々を過ごしていた。生きにくい世の中を描きつつ、偏見をなくそうという平等性を訴えられているようにも感じた。
小さな幸せを描いているシーンで、私はついついニヤけてしまうのだが、そのタイミングで平山の笑顔のカットも入り、より顔が綻んでしまうという場面がいくつかあり、それが非常に良かった。
感想②東京の風景
東京の風景がよく描かれている。
オーソドックスなスカイツリー、オシャレな東京の公衆トイレの風景もあれば、下町や大衆食堂などのディープな風景だ。特に惹かれるのは下町のディープな風景だ。風景も素敵だが、その風景に登場人物の演技が組み合わさることで非常に魅力的に映る。
例えば浅草の大衆食堂での風景。浅草駅前の人混みを抜けると駅の中に渋い光景が広がっている。その中の大衆食堂で主人公はよく食事をする。それだけでも味があるのだが、平山は一人でいるのにも関わらず、テーブル席に好んで座るのだ。
方や駅前のあわただしい雰囲気、方や大衆居酒屋ならではの良い意味でうるさい雰囲気。そうしたシーンが平山の完璧な日々の一部になっていると感じた。そういった「『幸せを噛み締めているのではないか』と感じられるような多くの細かい描写」に度々惹かれた。
感想③主人公の趣味
主人公の趣味が非常に良い。色々あるが、特によく描かれているのはフィルムカメラ・読書・音楽鑑賞だ。またそれぞれの楽しみ方が平山という人物らしく、羨ましくさえ感じるのだ。こういったところもタイトルを考えさせる重要なポイントだ。
考察に繋がりそうなポイントもあり、ここは後程書きたいと思う。
考察
ここからは考察を書いていきたい。何気ない日常を描きながらも、その中で伝えたいことは何だったのだろうか。伏線回収や展開が少ない映画であるが、私として感じた部分を書き記す。
考察①登場人物
作品には様々なバックグラウンドを持つ登場人物がたくさん現れる。特に「影」を持つ登場人物が多い。ここでいう「影」というのは暗い過去のことだ。ここでは特に重要な親族を取り上げて見ていく。
平山の姪、にこ
にこは平山の妹の娘だ。母の日々の言動に嫌気が差し、人生初の家出のため、平山のアパートに押し入った。「家出をするならおじさんの家に行くと決めていた」と言っている部分から平山を慕っていることが伺える。
ただ、平山とにこの再会はかなり久しぶりだったようだ。アパート前で待っているにこに平山が気付くまで、時間を要した。そして「おお! 大きくなったなあ」としみじみ話す様から、かなりの期間が空いた後の再会だったことが伺える。
再会までの期間が空いてしまった主な原因はにこの母にあるだろう。
にこの母、平山の妹
彼女は公衆トイレを清掃する平山のことをあまり良く思っていない様子だった。「(「にこ・母親」と「平山」は)住んでいる世界が違う」と捉える母は偏見に満ちた人物だった。平山目線で進んでいく物語を見ている映画の視聴者たちには、平山の妹が敵のように見えると思う。その妹のせいで平山が可哀想に見えたりする。
しかしその平山の妹の考え方こそが、皆が暗に抱えている心情だと思う。この場面のおかげで「改めて社会に対する偏見が自分の中に本当にないか」と考えさせられた。
そしてこの妹との会話シーンでそれまで全く描かれていなかった平山の父の話が出る。2人の会話から[過去に平山の父と平山が喧嘩をし、確執ができ、平山は今もなお父を許していない状況]だと察することができる。
平山の父
物語には一切出てこないが、平山の価値観を形成する上で多大な影響を及ぼしているであろう父について少し言及しておきたい。
私は平山家がお医者さんの家系だったのではないかと考える。平山のボロアパートでの生活からは全く想像できないが、こう考えるに至った理由を述べさせていただく。
まず平山の妹が裕福な暮らしをしているということだ。これは作中、平山の妹が運転手付きの車でにこを迎えに来るシーンから事実と言って問題ないだろう。平山の妹とにこは裕福な暮らしをしているのだ。にこはそこまでだが、平山の妹の偏見が強いのも納得がいく。
裕福な暮らしだけではお医者さんと限定することはできない。私がお医者さんだと睨んでいる理由は2つある。
1つ目は、平山の妹と再会した日に見た夢だ。後程紹介するが、実は「夢」もこの作品においてかなり重要な部分となっている。平山はルーティーン的な変わらない生活を送っているが、独特に描かれる毎晩の夢のシーンは、毎晩違う描写がなされている。ヴィム・ヴェンダースがインタビュー動画で語っている「木漏れ日」は夢によく出てくるのだが、平山の妹と再会した日の夢では、「メス」が出てくる。これは、平山が妹と再会したことで「父との記憶が回想されている」と考えるのであれば、お医者さんが関係している可能性は高いだろう。
2つ目は、作中に出てくる文庫本だ。作中の本に関する説明や情報提供はほとんどない。が、調べてみると切り離して見ることが難しくなった(※文庫本の具体的な話は後述)。文庫本も作品に影響を与えていると考えている。途中で読んでいた「野生の棕櫚」という作品では、医者になりかけた主人公のハリーが、女性と出会ったことで医者になることなく、女性と駆け落ちを試みるが最終的には妊娠した女性が赤ちゃんとともに亡くなってしまう話だ。「本の話」と「平山の日常」がもしリンクしているなら、「ハリー」と「平山」も似た関係だったのだろうか。
ここから先は以上の話を踏まえての推測になるが、平山は医者になりかけていたが、運命の女性と出会い、医者である父に妊娠したパートナーの手術を任せたが、失敗してしまい確執ができ、今のようなボロアパートの生活に幸福を感じる、もしくは「幸福だと信じ込む生活」を送っているのではないだろうか。お医者さんが関係しているとは思うが、この推測は具体的なものなので、考え方の一つとして捉えていただけると嬉しい。
考察②夢
平山が毎晩見る「夢」も、この作品を語る上で欠かせない。初めて見たときは「夢」の表現の仕方に驚いた。そしてそれが「夢」を表現しているとわかった時に感動した。実際私たちが見る夢を凄くよく表現していると思う。ピントが合う瞬間もあれば、ピントがずれて曖昧なところもあって、自分が好きな光景が流れて、時折苦手な光景も流れて、あっという間に朝になる。
「夢」に注目して観てみると、平山の価値観への理解が進みやすくなるだろう。
考察③光と影
「光」と「影」がよく描かれている。監督のヴィム・ヴェンダースはインタビュー動画で語っていた。平山のモデルになった人物は優秀なビジネスマンだった、その彼が僧侶になった、その転換点には何があったのか。監督と脚本家は一つの答えとして木漏れ日や木々を愛でること以上の幸せはなかったのではないか、お金やビジネスとは違う、幸福の在り方を考えて平山が誕生したと。
光は様々なシーンで描写される。彼の部屋に射す木漏れ日、トイレ掃除のときに射す木漏れ日、代々木八幡宮での毎日の昼食時に撮るフィルムカメラ、銭湯の壁など。あらゆる場面で平山の生活を支えている。
それと対になるように影も描かれる。冒頭の夢のシーンで小説の中の「影」という文字が強調される場面、よく行くスナックバーの元夫との会話シーンなど。そのシーンでは元夫が「影って重ねると濃くなるんですかね」というよくわからない質問を突発的に平山に投げかけるが、それに対して「やってみましょう」と言って実際に試して、「濃くなんなきゃおかしいですよ。(中略)何にも変わんないなんて、そんな馬鹿な話、ないですよ。」とムキになる。
「影は重なると濃くなるはずだ」と平山は信じているのだ。平山の人生の苦悩を連想させる。彼には「影を重ねても濃くならない」という事実は受け入れられないようだった。
考察④音楽
仕事場に向かう車中でカセットを流すため、音楽がよく流れる。実際に演じられている場面では「平山が真剣に悩んでカセットを選んで流している」というわけではないので、一見関係なさそうに見えるのだが、調べてみると違うようだ。
映画では以下の音楽が流れる。ぜひ家で映画鑑賞をされる際は調べながら観ていただきたい。
The Animals – House of the Rising Sun
The Velvet Underground – Pale Blue Eyes
Otis Redding – (Sittin’ on) the Dock of the Bay
Patti Smith – Redondo Beach
金延 幸子 – 青い魚
細野晴臣さんがギターとして加わっています。
Lou Reed – Perfect Day
Van Morrison – Brown-Eyed girl
Nina Simone – Feeling good
考察⑤文庫本
文庫本もこの作品を語る上で重要な鍵だと考える。特に以下の3つの作品は外せない。
野生の棕櫚(ウィリアム・フォークナー)
主人公は医者を志した少年ハリー。結婚していたシャーロットという女性と駆け落ちしようとするが悲しい結末を迎える。
木(幸田 文)
木から得られる感情について描かれた本。
11の物語(パトリシア・ハイスミス)
ミステリー作家が描く、11編からなる短編ミステリー小説。にこはこの中の「すっぽん」という話に出てくるビクターと自分が重なるという。少年ビクターとその母親の話だが、少年は母親に自由を奪われていて、それが爆発してしまうという話。にこはそういったところに共感しているのだろうか。「私もビクターみたいになっちゃうかも」という発言は全然可愛いシーンではないことだけはわかる。
まとめ
映画「PERFECT DAYS」は、静かで質素な日常の中に潜む小さな幸せや葛藤を描き、観る者に「完璧な日々」とは何かを問いかけます。過剰な説明や伏線がない分、観る人それぞれの視点で物語を受け取ることができ、考察する楽しみも広がります。
登場人物の人間模様や東京の風景、そして音楽や文庫本といった要素が織りなす独特の世界観は、多くの人にとって沁みる作品となるでしょう。この作品を通じて、ぜひあなた自身の「完璧な日々」を考えてみてください。